鎌倉アルプス新着!!
ノーベル賞作家の川端康成も歩いた「鎌倉アルプス」及び「湘南アルプス」を明月谷から金沢文庫まで歩いてみました。所要時間6時間30分。さらに錦秋の称名寺まで足を伸ばし、この晩秋の好日を締め括りました。鎌倉にはハイキングコースがたくさんあり、ちょっと大袈裟にいえば鎌倉はハイカーの聖地です。
鎌倉の貴公子、足利尊氏新着!!
「鎌倉の貴公子」足利尊氏は、人を差別せず、憎まず、人を信じ、疑わず、敵に対しても酷薄ではなくいつも寛宥で、何物をも惜しまず、これを全て人に与えて平気で、恐怖を知らず、生命の危機にある局面においても心穏やかに和歌を創案するほどの余裕があり、また営々たる禅の修行者でもありました。要するに尊氏は男も惚れ惚れするカリスマだったのです。
源実朝:山かげに差し込んだ一筋の光
歴史上、もし源実朝が存在しなかったとしたら、今日の鎌倉の魅力は半減するどころではありません。実朝はつまらぬことで一喜一憂せず、源家伝来の英気あり、慈悲の心あり、そして突然変異的の天才歌人でありました。道半ばで倒れた気の毒な実朝でしたが、それでも彼をこの世に送ってくれた造物には感謝したいと思うのです。
見落とされがちな鎌倉(とくに後北条氏の故地)
ネオ北条氏こと「後北条氏」、とくに「玉縄北条氏」の面々は、見落とされがちな「鎌倉」のもう一つの重要な顔です。切通の外側に残る彼らの足跡をも是非辿っていただきたいと思います。
鎌倉的な極上の空間「鎌倉歴史文化交流館」
鎌倉歴史文化交流館。イギリスの著名な建築家ノーマン・フォスター氏の設計に成る美しい建物、そして数ある展示物に一見の価値あるのは勿論のこと、そのエクステリアには中世から近代にかけてのいかにも鎌倉らしい遺構の数々を見ることができます。見晴台に登れば、海が望める絶景が待っています。
「般若心経」この必携のパワーアイテム!
文豪 幸田露伴が「般若心経第二義注」という本で、般若心経を一般の人向けにとても分かりやすく解説しています。有名な「色即是空 空即是色」。このうち「空即是色」を解説している箇所は、複雑混沌とした今ある現実の社会を私たちが前向きに溌剌として生きていくための、般若心経の功徳を説いている箇所として非常に優れていると思います。自ら進んで精神を病み、迷い道に入り込みがちな昨今の私たちにとって、まさに般若心経は、魔・迷妄を斬り捨て、私たちが今を元気に溌剌として生きていくための必須のパワーアイテムです。
江戸前の釣りの好敵手を食う!
東京が江戸であった頃、東京湾及び隅田川をはじめとする河川は、まさに釣客にとっての愉楽の別天地でありました。魚は今よりずっと多く、絶滅してしまったアオギスもなお健在でした。江戸前の魚。シロギス、アナゴ、メゴチ、カレイ、コノシロなどなど、高級天ぷらだねであるギンポなんていう魚まで入れて勘定すると、実にたくさんの顔ぶれが目に浮かんできますが、ここではとくに3つの魚、シーバスことすずき、チヌとも呼ばれる黒鯛、そしてボラ限って思うところを綴ってみたいのであります。
戦国時代開幕の地、鎌倉と古河
日本の戦国時代は鎌倉で勃発した「享徳の乱」により始まったという有力な説があります。これが正しいとすると、戦国時代開幕の地は鎌倉あるいは茨城県の古河とすることができるかもしれません。日本最初の戦国大名北条早雲の活躍もまたこの説を後押しするものになるかもしれません。また歴史小説家の永井路子さんは鎌倉市及び古河市双方の名誉市民になっています。こんなことからも関東の室町時代後期の歴史には興味が尽きません。
鎌倉の「三大龍図」を観る
北鎌倉方面は元北条氏の領地で、そこに北条氏は有力な禅寺を建てました。すなわち、常楽寺、建長寺、円覚寺です。これら三寺院、いずれも龍の天井画を所有していますが、描いた画家はいずれも名のある巨匠です。基本、いつでも誰でも観ることができます。是非この感動を皆様も味わってください。
島根が舞台の小説「出雲へ」
私、今年1月に島根県を主な舞台とする小説「出雲へ」を文芸社という出版社から出版させてもらいました。神話の地出雲の言い知れぬ雰囲気と因習、そしてそこで暮らす人々の矜持との狭間で、東京育ちの主人公は妻子や親、親戚たちを気遣いながら、再び馴染みのある関東の地、鎌倉へと移住を決めます。歴史と美しい自然の中で展開する家族の物語です。










