鎌倉的な極上の空間「鎌倉歴史文化交流館」
「鎌倉歴史文化交流館」その建築美

この博物館はかつて個人宅として使用されていたもので、入館するにあたっては、まずそのことを認識しておくべきです。
そして、この建物を設計したのはイギリスの著名な建築家ノーマン・フォスター氏であるということを念頭にして館内を巡ってください。
フォスター氏は香港上海銀行本店(1986年)により名声を獲得し、その後も世界の建築界をリードし続け、2000年以降では、たとえばあの「宇宙船」と呼ばれている巨大なドーナツ型をしたアップル社の新社屋「アップル・パーク」も手掛けています(2017年)。
「鎌倉歴史文化交流館」の建物は上にも書いたように個人用住宅「Kamakura House」として、2004年に竣工しました。中世期以来の鎌倉の土地の来歴を踏まえながら、日本人の美意識を考慮に入れて、その建築のコンセプトは、
「自然と人工の調和」
でありました。
人間の営為には、しばしば意図するところと結果が一致しないことがありますが、フォスター氏の設計に成ったこの建築物に限っては、そのコンセプトと結果が完璧に一致しています。
「鎌倉歴史文化交流館」そのエクステリア遺構の美
ここに展示されているもの、たとえば中世以来の鎌倉の刀工正宗の刀、数々の出土品、パネル写真など、そしてこれら常設品とは別に都度都度テーマを変えて私たちを楽しませてくれる特別展での展示品の数々、この博物館に展示されている品々はいつも私の脳のある部分を刺激して、時空を旅しているような気分にさせてくれるのですが(中でも私はエントランスホールにあるVR体験が好きです。空を飛ぶことができます)、実は展示品のある館内だけではなく、その外側にもたくさんの見どころがあるのです。

この博物館は「千葉ヶ谷」と呼ばれている、鎌倉には数多ある谷戸の一つにあります。千葉ヶ谷という名称の由来は、この谷戸の中のどこかに現在の千葉県千葉市を本拠地とする有力武士千葉氏の邸宅があったからなのだそうですが、またこの谷戸は「無量寺ヶ谷」とも呼ばれ、その名のとおり、この鎌倉歴史文化交流館がある場所にはかつて無量寿院というお寺がありました。無量寿院は有力御家人安達氏の菩提寺だったようで、吾妻鏡にはこの無量寿院で秋田城介義景(安達義景)の十三年忌仏事が執り行われたという記録があります。
ちなみに安達義景はあの豪気な安達景盛を父に持ち、その父とともに宝治合戦で三浦氏を滅ぼした人物です。

個人宅を博物館へと整備するにあたって、地中から玉砂利を敷いた池の跡が発掘されました。遣水や中の島まである雅致に富んだ池だったそうで、鎌倉時代後期のものと推定される、鎌倉では最古級の中世庭園なのだそうです。発掘された池は同じ鎌倉歴史文化交流館内の別の場所へ移築されていますが(上の写真のとおり)、元々あった場所は、鎌倉ではよく見られる切り立った崖の下に位置していて、崖の岩肌を借景にした庭園様式は、あの夢窓国師が作庭したということで名高い瑞泉寺の庭園に共通しているとのことです。
池の水は遣水を介して池へと導かれていたのですが、水の出所は、崖の上部の岩肌から染み出た岩清水だったそうです。この岩清水は現在も出ていて、岩肌に遣水及びもはや池と呼んでもいいような水溜りを数個見ることができます。

この崖の上は、現在は見晴台になっていて、私たちは緑の谷戸の向こうに青い海が望める佳景を堪能することができるのですが、かつてここには刀鍛冶をお守りする「刃稲荷」社が祀られていました。なぜかというと、かつて無量寿院があったこの場所に、江戸時代には相州伝の刀工正宗後裔の屋敷があったからです。

そこへお参りするための階段が、大分風化して角が丸くなっていますが、見ることができます。聞けばお参りは、昼間は鍛治仕事があるので夜に行われていたとのことで、なるほど、階段の左右に古色を帯びた灯籠が一つずつ見られます。

大正期には三菱財閥の岩崎家が当地を別荘としていましたが、彼らがここに祀られていた刃稲荷を「合鎚稲荷」社として復興し、参道や鳥居等を整備したとのことです。
なお、社祠や鳥居等は、現在は悲運の貴公子日野俊基を祀る、近隣の葛原岡神社へ移築してあります。

鎌倉歴史文化交流館には、ほかに中世期のやぐらや岩崎家の所有であった頃に造られたとされる、貯蔵庫とも庭の美観の用とも目されるアーチ型の横穴や崖から転落するのを防ぐためと思われる、道の端に等間隔に並んだ石柱などが見られます。


ここ鎌倉歴史文化交流館は、まさに鎌倉の中世、近世、近代という長い時間のタームの中にその土台を据えて、超然と立っているのであります。
鎌倉の歴史や芸術にかかる詳しい本の紹介
私たちが制作した下記の本では、鎌倉の歴史や芸術について詳しく論じています。
「鎌倉の歴史と芸術」 著者:益田寿永
以下、本の紹介の抜粋
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どうして元気が出るのか?
鎌倉は多面的な街です。一面に中世の歴史があり、他面にはグルメやマリンスポーツ、それに文化、芸術、そして海山の自然があります。
人々に幸福をもたらす街、元気にしてくれる街、鎌倉とは一体どんな街なのか?
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Lab 鎌倉奥乃院 益田 寿永


