幸田露伴と「頼朝」ほか

果たして「源氏物語」は日本最高の小説なのか?

日本の文学が進歩しているのかどうか、たとえば三島由紀夫を越える文学が彼の死から今日までの間に生まれているのか、それは私には分かりません。しかし、三島文学を越える文学がもし無いのだとしたら、今日の文学は意味の薄いものだと言っていいでしょう。

イヤ、それは酷かもしれません。三島の師、川端康成は「源氏物語」こそが今日までの最高の小説で、以来文学は源氏に迫り、それを乗り越えようとして果たせないでいたのがその歴史であったが、三島の「豊饒の海」でようやくやっと源氏に比肩できたのだという意味のことを言っているからです。

川端も三島も日本の伝統美を懐古した保守的な小説家でしょうが、この意味から、私も上の川端の言っていることはその通りだと思います。

一方、源氏物語が本当に日本最高の小説なのか、という疑問もあるにはあるわけです。

幸田露伴においては、彼の数々の著作物からいっても、さほど源氏を礼賛しているようには見受けられません。彼は与謝野晶子や谷崎潤一郎のように源氏物語の現代語訳などの仕事はやりませんでした。ご存知のとおり、与謝野晶子はロマン主義の大歌人、谷崎潤一郎は耽美派文学の第一人者といわれ、なるほど、彼らなら、そういう仕事を熱心にやりそうなものです。

露伴は「水滸伝」の翻訳を行ったのでした。108人の豪傑・英雄の物語です。大著です。私も読みましたが、大変面白く、また感動しました。





「水滸伝」の翻訳をする。これが幸田露伴なのです。

冒頭、私は三島由紀夫に少し触れましたが、幸田露伴は三島の上をいっても下ることはないと私は考えています。





ときに露伴は川端、三島、谷崎らの後ろに控え、峨々と聳える大雪山のように眺められることがあります。

英雄は先天的かそれとも後天的に作られるのか?

水滸伝は中国の小説ですが、勿論、露伴は日本の英雄たちにもスポットを当てています。たとえばその作品には、「平将門」「為朝」「頼朝」「今川義元」「武田信玄」「織田信長」「蒲生氏郷」「渋沢栄一伝」などがあります。





全員、大英雄です。

中でも源頼朝は、上に挙げた今川、武田、織田、蒲生、そして渋沢が仕えた徳川、これ皆武人の亀鑑・首領とも目された人物で、武人の地位を一段階も二段階も引き上げた大革命家です。

いかにして源頼朝は日本史上、最も重要な人物の一人となり得たか。その答えは彼の幼年期から少年時代、そして伊豆における謫居時代にありました。このことを幸田露伴は「頼朝」という本で詳らかにしていきます。





と同時に、この本は、文豪幸田露伴という人物についても理解が及び、露伴のほかの作品へと興味が移っていく動機にもなるものです。

生まれながらに英気の優れた頼朝でしたが、後天的な諸条件が彼を大革命家に作り上げていったという面が多分にあり、そこには局に当たって、彼が考え、選択し、これを実行するというプロセスがあったわけで、ここには現在の私たちにとっても大いに学ぶべき点が含まれていると考えられるのです。

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Lab 鎌倉奥乃院 代表 益田寿永